ボタン付けワークショップ

 京都にモリカゲというシャツのお店がある。実際の店舗には行ったことがないのだけれど、何年か前にネットの通販で(それはモリカゲのサイトでなく、金沢のオシャレ雑貨屋さんがモリカゲに作らせたものだったのだが……ややこしいですね)一枚買って以来、なんとなく気に入って、時々買ったり、友人へのプレゼントにしたりしてる。

 多品種少生産で、新しい商品が出てもネットではその日のうちに売り切れてしまうものも少なくない。知る人ぞ知る、というカンジで、僕以外にもファンが沢山いるわけです。決してユニクロのように安くはないけれど、メチャクチャに高いというわけでもない。いわゆるブランドものなんかに比べれば全然安いんだと思う。もっとも、そういうお店は敷居が高くて入れないので、シャツが一枚いくらくらいするのか、本当のところは分からない。しかし、こういうものが5万とか10万とかって言われてもピンと来ないよねえ? なんでそんなにすんのよ? まあ、いろいろちゃんと理由付けはできるんだろうけど……しかし、もし僕がそんな高いものを身につけていたら(って買う財力ももちろんありませんし、欲しいとも思いませんが)危なっかしくって外を歩けなくなってしまうだろうし、絶対に着たまま食事なんかできないだろう。でも、そんなのを着ても、真っ赤な担々麺とかを平気でズルズルズル〜とすすることのできるようなお金持ちも世の中にはいっぱいいるんでしょうね。お金持ちは担々麺なんか食べないのかな……。

 毎度のごとく話それました。さて、モリカゲ・シャツ、商品もいいんだけれど、ちょっと前に糸井重里の「ほぼ日」に店主というか社長というか、モリカゲさんのインタビューが載っていて、その人となり、考えてることがまたちょっと面白くて、ますます興味が湧いてしまった。ココで読めます。

 加えて、ちょっとした質問なんかをお店にメールですると、スタッフの人が実に丁寧に応対してくれるので、驚いてしまう。なんかこう、ちゃんとしてるなあ〜ってカンジなんです。

 それで、モリカゲではebebe(エベベ=「ええべべ」=「いい服」から名前を付けたそう)というエコというかリサイクルというか、そうしたプロジェクトもやっていて、これは着なくなった服を藍染めで染め変えたりとか、シャツを作るときに余った端切れでくるみのボタンを作ったりとか、そういうことをしてます。で、そのebebeが短期間、東京に着て出張営業みたいなことをする、しかもモリカゲさん本人によるボタン付けのワークショップもある、そしてその場所がわが家から自転車で15分くらい漕いだら着く、目黒通りのCLASKAというホテルとかカフェが一緒になったところ(以前は、なんかきったないホテルだったんだけど、ここ10年くらい目黒通りはちょっと古めのインテリアを扱うお店のメッカになっていて、その流れでこのホテルもえらくオシャレなカンジに大変身)であると知り、この日曜日、行って参りましたよ。

 実はこの日は3回回しで、僕が行ったのはその3回目。ところが前日に会場から「16:30の回は実は山下さんだけなんですが……」という連絡があり、少々ビビったものの、まあ、それだけ濃密な授業が受けられるかな、と期待半分。でも、その後、飛び込みがあったようで、結局、この回は他に女性が2人と僕との3人で受講。

 会場に着くなり、染め変えの受付をやっていた女性からご挨拶を受けた。さっき話した、メールでのやりとりをしたお店の人とは別の人なのだけど、そのやりとりのことも把握されていたようで……そのご挨拶が、京都の言葉のあのやわらかいイントネーションも手伝ってか、ホンワカといい気持ち。

 既にテーブルにはモリカゲさんもいて、受講者たちは持参したシャツをめいめい出している。そう、単純にボタン付けの練習をするわけじゃなくて、最近着なくなったシャツに新しいボタン(例の端切れのくるみボタン)を付け替えて、また着たくなるようにしよう、というのがこのワークショップの目的なのです。ちなみに僕が持ち込んだのはユニクロのたしか2,900円くらいで買った、チョ〜普通の白のボタンダウン。なんか白シャツが必要なのにクリーニングに出すのをサボっていたりして、これはもうなんか買わないと間に合わない、という状況が生まれたときに購入したもので、その後、ほとんど出番なし。

 そもそも僕の場合、スーツを着る機会は本当に少なくて、会社の仕事ではまず着ない。そういうことを求められる職種ではないんですね(もちろん、社内でも営業とかやってる人はちゃんと着てるし、好みとして日々スーツを着る若者だっているわけだけど)。だから、着るとしたら、子どもの卒業式とか入学式とかそういう大きなイベントの時とか、水頭症協会の関係でお医者さん相手の集まりに出なくちゃならない時とか、そういう場合だけです。で、それって年に1〜3回くらいのもの。もちろん、スーツを着なくても白シャツを着ることはあるわけだけど、それ用には少しは遊びのあるデザインのものを着るので、本当に真っ白の、冗談のない白シャツはまず出番がなくなってしまう。今回のワークショップにはちょうどいいや、ってね。

 まずはモリカゲさんから、なんでebebeをやってるのか、というざっとした説明がありました。最初はポケットにボールペンのインクが漏れたというシャツをなんとかしてくれ、というオーダーから始まったんですと。普通には、前身頃を剥がして、新しいものを縫い変えるというような方法になるのですが、「染め変えてみたら」というアイデアを得て、やってみたらこれがなかなか良く。いろんなものを染め変えてみて、これはいけるんじゃないかと、なったとのこと。並行してくるみボタンなども始まっていったようです。印象的だったのは、モリカゲでは端切れはどんなに小さいものでも絶対に捨てないという話。オーダーメイド以外のシャツの製造はさらに工場に出してるわけですが、そこにも「捨てるなよ。捨てたら分かるんやからな」と言い含めてあるそう。

 モリカゲさんも当然、京都弁。上で紹介した「ほぼ日」のインタビュー通りの喋り口調で、ホントに自然体です。直截だけど、フレンドリー。ライターをやってた頃にはいろんな海外のミュージシャンを取材しましたが、音楽を気に入っている人がちゃんと良識ある振る舞いをしていてくれると本当に嬉しくなります。そうでないこともたまにあるから……。そうなるというと、その後、その人のCDを聴いても、なんかちょっと寂しくなっちゃうんだよね。

 で、まずは布きれとボタンを2つ渡されて、目の前には針と糸。「とりあえず、ボタン付けてみてください」。まずは各々の実力を見る、ということでしょうか。実力も何も、小学校の家庭科の授業以来、針と糸を持ったことないんだから、ホントに忘れてます。まあ、しかし、始めないことには始まらない。だけど、あたくし、早くも老眼気味でありまして、眼鏡を外したりなんかするんですけれども、針の穴に糸が通らない! 「そこで時間喰ったら勿体ないので、これを使いましょう」と渡された、あれ、何? なんか細い針金の先が菱形になってるヤツ。あれを貸してもらって、なんとか通します。

 でもって、四つ穴のボタンをつけるんだけど、最初の一針を布のボタン側から入れるべきなのか、裏から入れるべきなのか。そこから分からない! 単純に裏から入れちゃいましたが……。後は適当に何回かずつ回そうとするんだけど、とにもかくにも悪戦苦闘。その自分のダメさ加減がおかしくて、ついつい大笑いしていると、「何がそんなにおかしいんですか」とモリカゲ先生あきれ顔。「いやー、なんか自分がボタンつけなんかやってるってことが不思議で……やったことないことをやるってのも面白いもんですね」と答えると、先生も「実はこないだ初めてサーフィンしに行ったんですよ……」と"初めて"談義。話もしたいのだが、針仕事もやらなくちゃならないので集中して聴けない! ウヒー。

 なんとかボタンついたな、と、裏で玉結びしようとしたら、遊んでいた糸がそこに入り込んで、もうわけのわからんことに……収拾がつかないのでハサミで切って、最後は糸と糸を指で結んで……完成……「そんなやり方、見たことないなあ」とモリカゲ先生も思わず苦笑……タハハ。できたものをみんな先生に見てもらい、さすがに他女性2名の方がいい評価でしたね〜。僕のは「まあ、ついとるな……」というカンジ(笑)。

 そこから先生のレクチャー&模範演技。演技ってのもヘンだけど。いやあ、そりゃあプロ中のプロなんだから当たり前なんだろうけど、動きに淀みがありませんね〜。プロセスのいろんな部分で、ちょっとしたヒントというか蘊蓄も教えてもらって(ミシンでのボタン付けと、手によるボタン付けの違いとか)、フムフム。毎日、何度となくボタンを付けたりはずしたりしてるわけですが、これだけの知恵やら気遣いやらがそこに含まれていることなど、思いも寄らなかったですわ。

 では、今度は教わったとおりにやってみましょうと、さっきの布にまた新たにボタンを2つ付けるんですが、まあ、当然のことながら、人がやってるとスイスイできるように見えてたものが、自分でやるとなるとつっかえつっかえ、「あれ、ここはどうするんだっけ?」という疑問の連続! 幸い、もうひとり、ボタン付けを死ぬほどやっているというスタッフの女性もついてくれて、「さっきより全然いいじゃないですか」と励ましの言葉をいただきつつ、なんとか二つ付けました。裏を見ると、ちゃんと糸が十字になってる。そうなるようにとやってたわけだけど、やっぱりそうなってると嬉しい。

 ここでいよいよ、持ってきたシャツに付け替えるべきボタン選びタイム。ちっちゃい袋にいろんなくるみボタンが入ってます。選択肢は無限……砂漠の真ん中に立ちつくしたようなこちらの心を見透かしたように、先生は「何か方針を決めないと……」とアドバイス。他の女性たちはひとつひとつ色の違うボタンでカラフルに攻めていたので、おんなじじゃあ面白くないと、思い切って黒いボタンでシックに。ただ、ボタンダウンとかカフスのちっちゃいところには同じ色のがなかったので、ここも悩みに悩み、白黒のギンガムチェックのを選び、さらに第1ボタンには千鳥格子……地味なのかハデなのかよう分からん……「ちょっとコム・デ・ギャルソン風スかね!?」と呟けば、「2,900円のシャツが45,000円くらいのに変身!」と笑う先生。だけど、今になって気がついたけど、このユニクロのシャツ、袖にボタンが3つもついてて、トータルで14個もボタンがある! 「これボタン多いなあ〜」と途方にくれていると、「1日1個やれば2週間ですね」と先生。た、たしかに……。「とりあえず前だけ変えてみたらどうですか。大事なのは、ボタンを付け替えて、これを『着る』ということですから」。

 気がつけば既に選び終わっていた女性たちはティー・ブレイクに。もともとプログラムにそんな時間があると書いてあったんだけど、なんとなく、下にカフェもあるもんだから、コーヒーでもそこから取るんだろう、くらいに思ってました。ところが、透明のグラスに温かい日本茶。そして京都から持参されたと思しき、なんだか不思議なお菓子(モチモチしたまわりの中に……昆布!?)。あ〜、なんか、いいなー。行ったことないけど、なんか京都にあるそのお店の空気みたいなものを目黒にいながらにして味わっているような……こういう細やかさ、本当にステキだと思います。

 しばし参加者、モリカゲさんと談笑。「いやあ、本当に丁寧にやってらっしゃるお店で……」と言うと、「でも、みんな本当はこういう風にやりたいはずだと思うんです。だけど、そこにいろんな『大人の事情』があって、流されてしまう。そこを流されないように……自分がやりたいことはこれなんだと……」。

 ちょっと正確な再現じゃないと思うけど、そんなようなことをおっしゃって。いや、参った。ホントにそうですね。思わず、自分の会社員としてのあり方、あるいはほとんど開店休業みたいになってとりあえずホームページでの情報発信程度に留まっている患者会のことなどを振り返って、オレ、流されまくってんじゃん……と恥ずかしくなった次第。いや、ホント、来て良かったなあ。ボタン付けを教わるのも楽しいんだけど、それ以上のものをいただきました。

 気がつけばなんと終了予定の18時を回っており、まだ全然、ボタンをつける段階に至ってない! なんだけど、今日は僕がここに来るために家にヘルパーさんをお願いしていてそろそろ交代しないといけないものだから、後ろ髪を引かれる思いで、会場を後にしたのでした。選んだボタンはマッチ箱のようなカワイイ箱に入れてお持ち帰り。ちょっとここのところ会社の仕事が忙しくて、夜も家で続きをやってるような状況で、すぐには取りかかれないんだけど、なんとか10月一杯の完成を目指して(2週間以上じゃん……まあ、興が乗ったらバババって行っちゃうような気もします……それまでに忘れてないといいけど)、頑張ります。というか、こんなブログ書いてる間に3つくらいは付けられそうですね……まあ、心の準備ってものがありますから!

 しかし、ここにきて思い出すのは、うちの母という人がおりまして(そりゃおるわ)、こういう裁縫仕事が実に得意で、若い頃はどっかから依頼を受けて、いろんなことをやってたんです。僕も学生の頃は彼女が作ってくれたシャツを着たりしてた。それは見事な仕上がりで、もちろん随分長持ちもした。だからボタンの付け方なんか彼女に聞けば一発で分かるはずで(もっとも男に針を持たせるようなことを良しとしない世代の人ですが……きっとこのブログも読んで、よくそんなことやってるヒマがあるな!と呆れると思う……)、なんかいくらでも勉強するチャンスはあったのに、こういうキッカケが来るまでその方面には見向きもしなかった自分を反省。つまり、だから、人間って何代を経てもそう大したものにはならないし、この世界もそう簡単にはよくならないんだなあ……って思うのはちょっと飛躍のしすぎでしょうかね。

 さて、次のebebeの染め変えのイベントは、10/10〜20まで、金沢のbenlly's&jobというお店でやる模様。そう、このお店が僕を最初にモリカゲのシャツと出会わせてくれたお店です。お近くの方、覗いてみてはいかがでしょうか。